堀川網の所在地、藤沢市鵠沼は、南に相模湾を臨み、東の境川と西の引地川との間に位置しています。江戸末期から大正初期にかけてその漁法は海辺に住んでいる専門の漁師が行うのではなく、農閑期の時に農業収入の足しに行う半農半漁でした。
堀川網の歴史はその大正初期から始まります。当時の網元は七網ありました。元網、新網、高網、キス網、大正網、シンカイ網、そして堀川網がそれで、東の片瀬、西の辻堂の間にある鵠沼村の網元は浜が狭いため早朝から競って網をはっていました。この頃は魚の漁も多く、小魚は肥料に高級魚は遠く横浜方面まで売りに行きました。もちろん地元鵠沼松ヶ丘の高級別荘地の住人にも売っていました。
しかし、それら網元も次第に姿を消し、昭和3年に6網、5年に5網、12年に4網となり、現在は堀川網がその伝統を守り続けています。
天候悪化以外、毎朝5時湘南港を出港、西に富士山、東に江ノ島を望む相模湾でのシラス漁。(もちろん旬の魚も多く網にかかります。)そんな捕り立ての魚が様々な食材にアレンジされ皆様の食卓にお届けいたします。